「教会月報 令和7年11月号から」
天地の間の わが身 わがいのち
テレビの旅番組で、長野県の野辺山高原が取り上げられていた。画面に映し出された八ヶ岳に続く広やかな高原の景色に、気持ちがぱっと明るくなった。
実は、野辺山という場所は、子供の頃の私にとって、訪れたい憧れの地であった。一つには、「国鉄の線路で一番高い地点」であること、いま一つには、小学生向けの学習帳で見た、パラボラアンテナがずらりと並んだカッコいい写真に、「野辺山宇宙電波観測所」とあったからである。
それから数年後、長野県の大学に進学した私は、かつての憧れの地であったことを忘れていたが、幾度か、その野辺山を訪れることになった。最初は、ドライブ好きの友人のクルマに無理やり乗せられて出かけた時のことだった。行先も未定のまま、夜遅くに出発。渋々、仲間に加わった私に、「眠たければ、遠慮なく寝たらいい」と言ってくれたので、私は出発早々に眠り込んだのだった。朝の光を感じて目が覚めたら、小海線の沿線に来ているという。「こんな遠くまで!」と驚いているうちに、例の「最高地点」の踏切に案内された訳である。
それから暫く後、実習の一環で野辺山にある付属農場を訪ねる機会があった。農場は、あの宇宙電波観測所と地続きで、巨大なアンテナ群と広々とした美しい高原の景色が、違和感なく同居していることに驚いた。「わが校の敷地を観測所にかしている」というので、特別に見学させてもらう機会も得たのである。
偶然に見た旅番組のおかげで、昔のことをあれこれと思い出したわけだが、それにしても、「私は、何と幸せな若い日々をいただいていたのか」と、しみじみ思う。
野辺山高原の広々とした大地に立ち、宇宙の深淵に向けて設けられた巨大なアンテナと、どこまでも高く美しい青い空を見上げた若い日。あの時、景色の美しさや宇宙の果てへの関心でそうとは気付かなかったけれど、私は、確かに体験せしめられていたのだ。「天と地の間に人間がいる。人間、また草木など、みな天の恵みを受けて、地上に生きているのである」ということを。教会のお庭で、天のこと、地のことを思う冬の朝である。
